2013年07月07日

『百』感想

色川武大作『百』(新潮文庫,ISBN:978-4-10-127003-6)を読みました。
表題作の「百」は川端康成文学賞受賞作で、他に「連笑」、「ぼくの猿、ぼくの猫」、「永日」の三作が収録されています。

私は普段、日本の作家の作品はほとんど読みません。
が、色川武大の作品だけは例外で、著書の八割くらいは揃えているのではないかと思います。
小説を書く時の、私の文体もかなり影響を受けているかと。

『百』は大学時代から読みたいと思っていたのですが、どの書店にもなく、読めていませんでした。
ひと月ほど前に別の本(ヘルマン・ヘッセの『荒野のおおかみ』)を探して紀伊國屋書店に行ったところ、『百』が置いてあって、ついに手に入れました。やったー。

やっぱり、本は書店で買うのが好きです。
書架に並んでいるのを見つけた時の喜びはひとしおですね!

インクのにおいのせいか、トイレに行きたくなりますけど。

さて、『百』ですが、読み終えて、私は名著だと思いました。
四作品、どれも私小説の形を取っています。

「連笑」は、弟との関係に焦点を当てて描いた作品です。
弟が事故にあって、その世話をする形で居候し追い出されるまでの話を、弟と過ごした少年時代の回想を挟みながら書き上げています。
兄弟で連なって笑うから「連笑」ということでしょう。
「どうにも、しょうがないね」「しょうがないんだ」という兄弟の会話が印象に残りました。

「ぼくの猿、ぼくの猫」は、ぼく≠ェ見る幻影の話です。
家庭環境や戦争による影響で幻影を見るようになったのでしょうか。
幻影の猫を棒でぽこぽこ殴って潰す描写が印象に残りました。
もっとも、私の評価では四作品ではこれがいちばん下かな。

「百」は、老耄が始まった父親に振り回される家族を描いています。
川端康成の『雪国』は冒頭の一文が有名ですが、「百」は終わりの一文がよかったです。

「永日」も父親の話です。いよいよ、老耄が進み入院させることになります。
「ぼくの猿、ぼくの猫」や「百」とやや被る描写もありますが、作品としてはいちばん面白かったように感じました。
しかし、年をとるというのは大変なことですね。
特別養護老人ホームで介護研修を二週間くらいしたことがありますが、思い返せば、研修だけでもなかなか大変でした。

書店に行くたび、何かしら買ってしまうので、買っただけで読んでいない、いわゆる「積ん読」している本が増えてきました。
数えてみると十五冊ほど――。
少しずつ減らしていかないといけませんね。
とかいって、今日も一冊買ってしまいましたが(笑)


posted by ちんぺい at 23:59 | Comment(0) | 読書感想文
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