2010年07月20日

単位が足りない!

大学の新学期が始まって、私はろくに授業にも出ずに怠惰な日々を過ごしていた。
ふと顧みれば、四年間全く同じことの繰り返しである。
もっとも、今更、反省したところで、もう四年。卒業の年である。

季節は夏であった。
私は電算室で涼んでいた。パソコンを駄目にしないように、いつもエアコンが効いているからである。

電算室で、S原と久しぶりに会った。
S原は、日焼けもせずに青白い顔をして、今にも倒れそうな、ひょろひょろの体をしていた。
どうしたのか、と尋ねると、S原は、病気をしていて単位が足りないのだと答えた。
だから、五年生をやるのだ、というS原の発言を聞いて、私もS原のような青い顔になった。
単位の存在をすっかり忘れていたのだ。
今までいくつ単位を取って、残りいくつ取れば卒業できるのか、全く分からなかった。
S原にそれを言うと、確認した方がいい、と助言を受け、私も頷いた。

N棟の通信端末から個人情報にアクセスできるというので、私はS原と共にそこへ向かった。
電算室を出ると、外は激しい雨になっていた。
E棟の軒下まで駆け込んだところで、ずぶぬれのK村に会った。
K村は黒く日焼けした顔で、黄色と緑の布のつなぎを着ていて、両袖に物干し竿をのようなものを通して、案山子のような格好をしていた。
私が物干し竿に触れようとすると、K村はひどく嫌がった。

私はK村も連れてN棟へ向かった。
雨の渡り廊下を通ってN棟に入る。
物理実験室の脇の階段を下りると、開かずの教室があって、その前を通り、突き当りを左に折れると、そこには小さな個室がずらりと並んでいる。
ドア窓から覗き込んで、私は空いた部屋を探した。
ある部屋の前で、覗き込もうとしたところ、ちょうどドアが開いて、中から一人の男が出てきた。深緑のトレーナーを着た小太りで真面目そうな顔立ちの男だった。
彼は私に会釈をして、どこかへ歩いていった。

私は彼が空けた部屋に入って、蛍光灯を付けた。
白いデスクの上には、何もない。
彼が使ったはずの通信端末は、すでにワゴンの下に押し込められた灰色のカバンの中に片付けられてしまって、私は再び設置するのが面倒で舌を打った。
それでも、私はカバンのファスナーを開けて、通信端末を設置した。

通信端末は水洗トイレのような格好をしていた。
起動すると水が溢れてきて、私は慌てて蓋を閉めたが、水は蓋を押しのけて、床を浸してしまった。
仕方なく蓋を開けると、ピンク色の紙が水面に浮かんでいた。
それが、どうやら私が取得した単位数を記した紙のようであった。
紙に書かれた表を見ると、合計21単位。内、パーフェクトが4単位。出演が3単位であった。パーフェクトは好成績ということであろうか。出演はよく分からない。
いずれにしても、21単位だけでは、明らかに不足ではないか。
私はまた青くなったが、その時、急に思い出したことがあったのだ。

私は大学なんてとっくに卒業していたのだ。

深層心理に迫る!


posted by ちんぺい at 13:32 | Comment(0) | こんな夢を見た

2010年06月14日

四神とデノミネーション

なんたる僥倖か、老公が四神の一を得た。
神を象る白い石盤の欠片で、四揃いの神器の内の一つである。
四神の一を得たというのは、あるいは、天の時を得たと言い換えてもよい。

「余、四神の一を奉じて、王を称する」

老公は困窮に喘ぐ臣民のため、反旗を掲げて独立し一国をなした。
老公、改め老王は国号を定め、ただちに通貨の切り上げを行い、負債の圧縮を試みたが、富裕層の反発により、これは失敗する。
中途半端に行われたデノミネーションにより、国の経済は大混乱に陥った。

外政においても、王を僭称したとして逆賊の謗りをうけた老王は、窮地に追いやられた。
従う臣下も、次々と離反していく。

老王は、豊富な知識こそあったが、その知識は殷時代の遺物ともいえる旧世代のものであった。
知識に優れるという自負ゆえに、建(賢者のこと。誤字だが、原文ママ)も取り入れていなかった。

打つ手打つ手が裏目に出て、老王に心から従う者は、もはや、腹心の臣下二人を除いていなくなった。

老王、腹心二人を呼び、令旨を下した。

「これを手に、四神の残りを集めよ」

老王は腹心二人の内、年上の方に四神の一を手渡した。

「余は失策った。足下たちはゆめゆめ失策るな」

腹心は平伏し、四神を探して旅立った。

やがて、城は落ち、国は滅び、老王は死するところとなった。
腹心たち二人の消息はいまだ不明である。

深層心理に迫る!
posted by ちんぺい at 12:57 | Comment(0) | こんな夢を見た

2010年01月22日

10月10日(水)

居間で喘息日誌をつけていた。

現在もつけている日誌は二冊目で、ピークフロー以外にも、天候や発作や咳の有無など詳細な項目がある。
ただ、曜日の記入欄がない。
だから、この日誌は一冊目のものである。
この日誌には曜日を記入する欄がちゃんとあったのだから。

ピークフローを測定する都度、日付と曜日を記入するのは手間なので、1、2週先まで日付をまとめて記入するのが常である。
そうして、日付を記入し終えて、日誌を閉じた後で、母が「ちゃんとつけられた?」と聞いてきた。
私は肯定したが、その後、奇妙なことに気付いた。
壁掛けのカレンダーと日誌の曜日を見比べると、ずれている箇所があるのである。
具体的に言うと、10月10日周辺がひどいずれ方をしている。
そして、むしろずれているのは日誌ではなくて、カレンダーの曜日の方なのである。日誌の曜日は月曜日から日曜日まで順番に刻んでいる。

私はカレンダーを注意深く眺めた。
10月10日は本来、土曜日のはずである。だが、カレンダーでは前の週の水曜日である7日と同じ枠内に/で切られて、10日が入っているのである。月末ならまだしも、こうした記載はありえない。
念のために台所に掛かっているもう一枚のカレンダーを見てみると、やはり、そちらも10月10日を水曜日にしている。
記載の方法は異なっていて、台所のものは日付の並びが8日、9日、11日、12日、13日、10日、14日、と無理やり10日を水曜日の位置に持ってきている。

なぜ、こんなことになっているのかと私は訝ったが、その答えはカレンダーの表外の注釈にあった。
どうやら、10月10日に市内の水餃子屋が開店する予定なのだが、どうしても水曜日に開店したいと市に要望を出した結果、カレンダーの曜日をずらすことで決着をみたのだという。

しかし、地方自治体ごとに曜日が決定されているとは知らなかった。
ひどく困惑したが、カラクリを知ってしまえば、なるほど首肯せざるをえない。

深層心理に迫る!
posted by ちんぺい at 23:59 | Comment(0) | こんな夢を見た
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